厚田・浜益−増毛・留萌経由−苫前(2009年7月31日)
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札幌−(R274)−(R231)−厚田・浜益・増毛・留萌−(R232)−小平−苫前−(R239)−古丹別−(道1049)−三渓(三毛別)−(道1049)−(R239)−霧立峠−添牛内−(R275)−幌加内−(道72)−鷹栖−旭川−(R237)−美瑛−富良野−(R38)−(道135)−(R452)−(道116)−三笠−(道917)−岩見沢−(R12)−江別−(R337)−(R275)−(R274)−札幌
写真左は最近専ら利用している近所のセルフ。プリペイドカードで更に3円安。
自宅の近くに国道231号線(国道は以下「R231」のようにいう)=「石狩街道」が走っている。 ここは,北へ向かうと信号も少なく渋滞のストレスを感じることなく郊外へ脱出できるので,厚田方面には良く出かける。
それにしても,ここのポプラ並木の方が,札幌(北大?)の「三大ガッカリ観光スポット」の一つのポプラ並木よりも,ずっと立派だ。
左手にJA石狩がある地点で自宅から約20kmのところにある。したがって,札幌から留萌まではざっと130km。
望来(もうらい)の市街地へワインディングが下って行くビュースポット。 しかし,あいにくの空模様で眺望がいまひとつだった。
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雄冬岬付近にある白銀の滝
留萌から深川方面はR233,稚内方面はR232となる。
ようやく目的地の苫前が標識に現われた。
上の写真の「(留萌から)羽幌47km」地点から「羽幌37km」まで10km走ったことになり,「苫前30km」ということは留萌から40kmの距離。 札幌−留萌間が130kmだから,札幌から苫前までは約170kmということになる。結構な距離だ。
日帰りで片道こんな距離を走って,しかも,どうせ来た道を引き返すことなどせずグルッと周遊するから,帰りがチョット心配である。
道の駅「おびら」
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この海岸線は風車が多い。
留萌方面から苫前市街地手前を右折すると士別方面へR239が走る。
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道の駅「とままえ」
本日の目的地,「苫前町郷土資料館」へ到着。
1915年(大正4年)12月に起こった,北海道開拓史上,最も悲惨な羆(ヒグマ)による多数の死傷者が出た「苫前三毛別(さんけべつ)事件」の資料がある所だ。
ちなみに,実際の現場は,古丹別のR239から道道1049号線を現在も人里離れた行き止まりの場所まで行った地点で,
苫前市街地から20数kmの所
にある。
「三毛別事件」を再現したコーナー(今時は「ブース」というところか)。
それにしても,こんな藁葺きの掘立小屋じゃ,羆なんかにはいとも簡単に押し入られしまう。
冬が厳しく羆が生息する開拓地なのに,こんな粗末な小屋で生活していたとはチョット信じられない思いだ。
写真の巨熊「北海太郎」は,「三毛別事件」とは何の関係もない羆で(時代も違う),昭和55年に捕獲されたときの体重が500kgという(ほんとかね)。 しかし「北海太郎」なんて,役所なんかに出す申請書の記載例の氏名欄にあるそのものズバリの名前ではないか。
「三毛別事件」現場へ,道道1049号線(苫前・小平線)を三渓(三毛別)方面へ向かう。
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道道1049号線は,三毛別川に沿って走っている。
この辺りは,古丹別のR239から十数キロ入った地点だ。
それにしても,「苫前・小平線」と銘打って,しかも,ここまで来て「小平には通り抜けできません」では済まされんぞ! (今回は別にいいけど,小平に行くつもりでこの道に入ったなら,もっとずっと手前に看板を出せと言いたいところだ。)
実は,ずっと手前
(2つ上の写真の地点)
に同じ看板がありました。
道道が細くなり舗装も切れて行き止まりに事件現場があった。
鬱蒼(うっそう)とした林の中に再現した小屋まではよかった。しかし,張子の羆(下の写真のイラストも)の演出はいただけない。 もし,リアルに史実の雰囲気を出そうと目論んだのなら,完全に裏目に出ている。
ひっそりとした小屋だけの佇まいの方が凄惨な現場の雰囲気が感じられたはずだ(ひょっとして,凄惨な雰囲気を少しでも和らげるための張子なのか)。
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到着したとき,入れ違いに車1台が去って行き,後に自分一人だけが残された。
こんな所で立ちゴケしようものなら万事休すだ。助けを求めても誰もいない(誰にも引き起こしを手伝ってもらえない!)。
帰りは慎重にバイクの向きを変え現場を後にした。
道の駅「森と湖の里ほろかない」
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結局,日帰りで500km超も走ってしまった。
後半,幌加内から後の写真がないのは,デジカメのバッテリーが切れたせいだ。 (バッテリーの寿命が分からなかったので,予備に古いデジカメを用意しておいたのに忘れてきた。)
道道72号線(旭川・幌加内線)
なんかは,それなりにワインディングの楽しめる道だったので, カメラに収めることができなかったのは(しかも,滅多に行けないのに)残念である。